タブーを超えていけ

今日は自戒を込めてずばりと。

 
WHOが制定している健康の定義は、「健康とは肉体的、精神的、社会的に完全に良好な状態であり、すべてが満たされた状態にあることをいう」とされています。

1998年に、spiritual(霊的)とdynamic(動的)を加えるかどうかが検討されたけれど採択が見送られたことはご存知の方も少なくないと思います。

さてこのスピリチュアル的な健康とはなんぞや?

なのですが、YOGA哲学をかじった時に、「自分の出自にOKが出せていること」という回答をいただき、「ちーーーん」だったわけです。

出自にOKって何???

で、ここ数年でチネイザンを学び、実践し、おまたケアを学び、実践し、コロナ様の強制力により、その意味がこういうことなのかと身をもって体感したという運びと相成りました。

そうなんです。出自にOKって、「わたしはわたしですが、それが何か?」と一点の曇りもなく言えること。

人に対しても、そして自分に対しても。しかもラブリーに。

  
 
とはいえね、わかっていてもそうできないからみんな悶々とするわけで、だから如何に脱出するかがカギとなりますよね。

人が変われない、前に進めない理由は、既成概念に囚われすぎている、あるいは何かしらのトラウマに囚われている、ということに集約されるかと思います。

既成概念ってのは、私は・あの人はこんな人間である、仕事なんだからちゃんとやるべきである、親として、男・女として、などなど、要は思い込みの決めつけです。

普通はさぁ、なんてついつい言っちゃうことだって、それはあなたのちっちゃーい世界の単なる思い込みですからーーっていうことの方がほとんどです。

トラウマってのは、経験に基づく感情のこびり付き。何かをした時に痛い、辛い、悲しい思いをしたなど、記憶の奥底に閉じ込めてしまっているが確実に行動に影響するもの。

怖いのも、辛いのも、めんどくさいのも、鬱陶しいのも、痛いほどわかります。心情としては。

そのままでいる方が都合がいい場合だってある。

痛そうに、悲しそうに、辛そうにしていると「大丈夫?」って心配してもらえるし、人の神経を逆撫でするような行動をすれば少なくとも構ってもらえる。

 
 
そういった思いに囚われている時って、「◯◯された」「◯◯って言われた」というすべてが受け身でありタチの悪い被害者意識なのです。

被害妄想、くれくれ星人でいると悪循環でしかない。

でもね、「変わりたい」「飛び出したい」って思うことは自主的であり主体的であり能動的であって、つまりはエネルギーの方向性が真逆なんです。

 
 
だからどうすればイッちゃえるのか?

正解はずばり、「タブーを超えていく」ことです。

世の中の常識とされていること、イメージづけられたもの、そして自分で自分を制限しているもの。

そのすべてが今のあなたにとって本当に必要なのかどうか、一つひとつ検証してみることです。

その記憶とそこに付随する感情のすべてを一旦ぶっ壊して、リセットしてみることです。

あなたが本当はどんなあなたでいたくて、どんなあなたになりたくて、そうしたらどんな気分なのか、感じてみることです。

天狗になっているんじゃないの?謙虚マウンティングしてんじゃないの?わたし何様?って考えてみるのです。

そしてやりたいと思った直感を無下にせず、やらない理由なんて考えずにどんどんとやればいい。

時間も距離も空間も記憶も感情もお金も、そのぜんぶを超えていくとね、あなたのいのちが見えてきます。

あなたのスピリチュアルな健康が叶うということです。

 
 
チネイザンはあなたの行手を阻むタブーを外すのにとても有効です。

おまたケアはあなたのそのいのちを輝かせるのにとても有効です。

心と身体を開いて天と地をつなぐ人になること。

これらはちょっとしたショック療法です。だから最短最速です。

あなたが突破したいことが何であれ、着込んだ鎧を一つひとつ脱ぎ捨てながら、勇気を持ってえいっと一歩を踏み出しませんか?

差し出してくれる誰かのその手をつかんでみませんか?

あなたが「やります」と宣言すればあなたを取り巻く流れは必ず変わってきます。



ところで、あなたにとって「すべてが満たされた健康」とはいったいどんなものですか?