2022年は私にとって大きな変化の一年でした。
過去最高人数の愛する方々との出会いがあり、安全に暮らすに困らない職種の方々とのご縁をいただけたこと
何十人を前に(オンラインとはいえ)何かを話すということも慣れてきたこと
自分が意識せずともできることで、誰かの何かの役に立つことができること
新たな夢や目標を思い出し、あるいは見つかり、その先のご縁をいただけたこと
そんな自分自身を認め受け入れてくれる場所ができたこと
そんな自分の存在を知り肩の力が抜けてきたこと
本当に尊い経験をさせていただきました。
一年後の自分を想像した時と、その一年後の変化が、これほどまでに大きなものであったのは、転職の時以来かもしれません。
その内容はと言えば、多くの方にご迷惑をおかけし、時に傷つけ、混乱させるようなことも多かったと思います。
私の中にある未熟さや、焦りや、自己否定や自己嫌悪や、もっともっとどろどろした恐怖感などといった類の何かが引き起こしたものです。
それを時には優しく、時には厳しく、あるいは距離を取るという方法で、それぞれに受け止め受容れてくださったみなさまには感謝以外の言葉がみつかりません。
そのお陰でわたしは私の中にあるいろいろな感情や状況に向き合うことができました。
泣くことも叫ぶことも、怒ることも悲しむことも、たくさんありましたが、素直な表現をしないため、そうなの??という方もいらっしゃるでしょう。
きっと多くの人がそうであるように、例えばSNSなどに見る明るさや華やかさは表面のわずかな一面であるにも関わらず、嫉妬することもあり、また逆にうらやましいと思われることもあり、そこを感じられるからこそ私はどんどんと自分を表現することをあきらめていくわけで
そんな自分がとても嫌で情けない気持ちになりながら、どう見られているかという肖像に自分を合わせて行った結果として本質の自分との乖離が生まれたり、そんな一つひとつのことが悪循環になっていく、といったこともありました。
それでも間違いなく言えるのは、不安に向き合い着実に一歩一歩と前進できたこと、ここだけは胸を張れる部分でもあります。
さて、そんな1年の中で、これまでメソッドや理論を追い求めることに時間と労力を費やしてきたことが、いや、だからこそではあるのだけど、もはやそこではない、という結論に達しました。
物事には原因があり、そこを深め手繰り寄せることで悩みは解決する。もちろんそこもある。だけれども、どれだけ原理原則を知ろうが、どれだけ自分の資質を知ろうが、どれだけお金をかけて学ぼうが、どれだけメソッドを知っていようが、そこに答えはありません?
すべての要素に共通し、真実というものにおそらく限りなく近いものは、今を最大限に感じ、今に集中し、一切の判断判定をしないということ以外に何もなくて、その感覚器の感度を磨いていくことで、人生の質は必ず上がっていくものなのです。
答えはすべて内在されている、すでに。だから新たな情報や手段を外から仕入れていくのではなく、内なるものを目覚めさせ活かすためのスイッチをタイミングを研ぎ澄ませていくことが最優先となります。
そして、そんな自分に全幅の信頼を置くことこそ、本当の意味で主体的であり、ありのままであり、自分自身で生きていくということを実現できる唯一の方法であり、永遠に枯渇することのない活動エネルギーであり、これすなわちサスティナブルという結論に至りました。
そこを踏まえ、施術や講座の内容は大きく変わります。
すっかりと小難しい話になりましたが、実は(なんてこともないけど)こんな話こそ大好物なわけで、2023年はますますとここを発展させながら、かつ日本語に翻訳して、感覚として受け取っていただける素材としてお届けしたいと思っています。
その他にも、ずっとずっと温めてきた(初動がなかなか立ち上がらない)あんなこととこんなことも、そろそろやらんとなぁというところですね。
今年もやりたいこと盛り沢山、楽しんで行きます。
ということで、2023年の漢字は『信』です。