自分らしく生きるとは?

本当のわたし
自分らしい
わたしの本音

その本質は

「感じたことを感じたままに表現できる」

そのことに尽きると思います

 
 
小学生時代、わたしはすでに腰痛があり
爪噛みのクセがありました

今であればストレスだとわかる

でも当時はそんな概念がなく
母は爪噛みを止めさせるのに必死でした

 
 
その時に感じていたことはなんだろう?

いろんな学びをしたからこそ
やっと向き合えたこと

それは「味方がいない」という孤独感と
そして「理解されない」という疎外感

 
 
それはあくまでもわたしが感じていたことであり
事実とはきっと異なる

でも

誰に何を言っても理解してもらえない
何を言っても否定される

それが家族であっても
擁護してくれる人がいない

だから

本当の思いを伝えられない
伝えるのをあきらめる

そんなことでわたしという存在を守って来たわけです

そしてそれが

「プライドが高い」
「頑固」

と言われる所以なのだと思うのです

 
 
実は以前、当時のパートナーと
大揉めになったことがありまして

今でもネタとしてお話しできるような
結構衝撃的な出来事でもあるのだけど

その事象の根本となった要因も
間違いなくそこだなと感じています

 
 
「理解してほしい」
なのだけど伝え方がまずかった

真意を伝えることなく

わかってくれるよね?構ってくれるよね?と
遠回しに圧力をかけるというめんどくさい女でした

言い訳はたくさんあれど
彼にとっては大きなプレッシャーだっただろうと思います

 
 
理解されないことは苦しいし
甘えられないことも切ない

そんな思いが根底にあることを自分が理解していれば
もっと違う関係性になれていたのかもしれません

最近やっとそんなことも
ちゃんと認められるようになって来た、というわけです

 
 
本音を言うことは少なくても
それでも十分に生きていけます

でも本音を伝えられないということは
本当にきつい

それは本来の自分ではないから

例えばいただいたメッセージへの返信が
すんなりできることもあれば

何と言えば伝わるのだろうと
数時間悩むようなこともある

「理解してもらうこと」を考えるうちに
本音からどんどんと離れていくことだってある

言えばいうほど誤解が大きくなるし
結果として自分で自分がわからなくなることだってある

だからつき合いにくいと思われる人になる
無難な人のまま終わってしまうことになる

 
 
でもそれって本望ではない

もっと自分を表現したいし
もっと誰かと本音でつながっていきたい

そこが素直に表現できれば
もっともっと豊かで

もっともっと自分らしく
生きていけると思うのです

 
 
わたしたちはいつだって
本当の自分で生きていきたいと思っています

だから自分を探そうとします

時に他人との関わりの中で
時に自分との対峙の中で

もっと自分を知りたいともがいています

 
 
そこにどんな自分が見つかったとしても
自分自身がそこを肯定すること

他人からの承認を気にすることなく
そうなんだねと受け入れてあげること

だから「わたし」という存在が出来上がる

そうやっていつだって
わたしがわたしの味方であることが大切

だから堂々と「わたし」でいられるのです

 
 
わたしは今、何を感じているのだろうか?
その感じていることは本物だろうか?

わたしは今、何を伝えたいのだろうか?
それを伝える自分と相手を信頼できているだろうか?

そんなことができる人たちと
どんどんと循環していけることこそが

本当のわたしで生きていくということであり
自分らしく生きていくということであり
そのために本音を伝えられるわたしでいる

きっとそんなことだろうなと思っています